浜松市/北区

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ご当地の噂 - 世界アジア日本東海静岡浜松市北区

浜松市・北区


浜北  
浜名
西

北区の噂

  1. 旧引佐郡の町が含まれる事から「引佐区」が有力視されていたが、元から浜松市だった都田地区の住民が猛反発し「北区」に。
    • 全体では「北区」「引佐区」が僅差だったが地元住民の声は「北区」の圧勝。
    • 引佐区では「稲作」を連想し、田舎のイメージが付きまとうからという説もある。
      • 外の人間に引佐を「ひきさ」と誤読され(正しくは「いなさ」)、「引き裂区」などと呼ばれる可能性を忌避したという説もある。
        • 区内にある新東名の浜松いなさICも漢字表記を地元が嫌がったためとか。
    • 三方原地区は引佐とは関係もないのに・・・。
      • それだけ政治的に発言力が弱い地域ということです。
    • 都田自体が元々引佐郡だったのにねぇ。
  2. 農経高校跡地とその周辺に、ヤマハ発動機の新工場が出来る予定。
    • 浜北からうざい工場を押し付けられる形です。浜北の跡地は工場よりははるかにマシな再開発になります。
    • 中止になりました。
  3. 10年前の時点では人口増加率がもっとも大きかった区域だが、いまや減少が当たり前の過疎区状態で、浜北との差がみるみる縮まってしまっているほど。
  4. 有名スポット、浜名湖はマリンスポーツが盛んです。
    • 西区の表浜名湖と比べると、北区の奥浜名湖はいかんせん地味。

都田

都田テクノ
  1. 都田テクノという第3セクターも売りだし、再建できそうな浜松オートレース場もたたんでしまう有様。これといって大きな施設もなくまた、近隣の市や県にも大きなレジャー施設や有名スポットがなく浜松には何もないというイメージが定着。大きな工場だけが取り柄。
    • 都田テクノポリスには企業や研究所が集積している。
    • NICUつきの病院が3つあるほか、病院がたくさんあり出産に関しては恵まれている。
    • 都田テクノ「近接」の土地を商業地域として民間に売ったが、上記の記述はそれを勘違いしているものと思われる。
      • 違う違う。工業用地が売れなかったから、工業地域を近隣商業地域に変えてまでして賃貸してるんだよ。浜松市自ら郊外化を推進した最たる悪例。
    • 都田テクノは市と民間企業が共同して開発している地域であるため最初から第3セクターである。
    • なお都田へ向かうバスは1時間に1本程度であり、通勤時間帯にもとりわけ本数は多くない。やはり車社会を感じさせる。
  2. あまりにも都田テクノの町がきれいで外部の人はバブルの象徴とか税金使いすぎだと中傷するが、実はうらやましい。
    • 俺もうらやましい。
  3. カインズホームができて、浜北市民(→区民)をうらやましがらせたが、サンストリート浜北が浜北区に出来たおかげで、今度は都田の人がうらやましがる番と言われている
    • しかし浜北に巨大店ができて以降はカインズモールの存在感が希薄になってしまっている。そりゃそうだよな。
    • ベイシア電器EIDENに比べて影が薄い。カインズホームから歩いて○分かかるのが原因か
    • そこのQBハウスにブラジル人の運転する車が突っ込み、当分休業だとか。
      • 無事に営業再開されました。
  4. きらりタウンができてから、すっかりお株を奪われて都田テクノはまだ分譲が終わっていないのに人口減少状態に転落しています。
    • ちょうど団塊周辺の世代がマイホーム購入し、その子供たちも独立し始めたため、あと数年たつと老人の町になりかねない。
  5. 北区のSCというと、サンカまたはベル21の方が印象が強い。
    • ベル21にはカルナホームセンターという、明らかに大手のカ○マのパクりみたいな店がある。
      • カーマのFC店だったそうです。しかし、すでに閉店。
  6. 都田駅周辺と都田テクノ周辺では雰囲気がまったく違う。
    • 浜名湖の入り江の先と三方原台地の上、地形からして異なる。
  7. 都田総合公園の南西にある朽ちた施設はどうやら養鶏場だったらしい。
  8. 都田テクノポリスの北東側、都田テクノ北交差点の先にも新しく工業団地ができる。
    • それに伴って現在麁玉中のあたりまである宮口バイパスも延びてくる。
      • 都田テクノ方面への新東名の浜松SICからのアクセスも良くなる。

三ヶ日

  1. ミカンの産地。
    • 「ミカちゃん」というマスコットもいる。
  2. 高速バスファンには、JRバスが運転士交代する場所として有名。
    • 慣れてない人は「何でココで高速を降りるんだ?」と不思議に思う場所。
  3. 山と湖に囲まれているので、浜松市とは思えない←三ヶ日民より
    • そもそも、三ケ日ICを出ると「↑浜松 27km」と出てる。合併したら漏れなく書き換えるハズ(この場合は「浜松市街」or「浜松駅」が妥当)なのに、何でそのままなんだろ?
  4. 05年頃だが、国道362号沿いに『飲酒運転を追放した町・三ケ日』という珍しい看板があった。
    • 今もありますよ。
  5. ここの農協は回り全部とぴあ浜松にも関わらず現在もJAみっかびである。
  6. なぜか豊川の自動車学校の看板がある。
    • 普通に浜松方面より近いのでおかしなことではありません。
  7. 合併してから、町の名が「三ケ日」から「三ヶ日」に「ヶ」が小さくなった。
    • 元々「ヶ」だったが、昭和の大合併(1955年)で国の職員が間違えて「ケ」にした。その後幾度と「ヶ」に戻すよう改名が叫ばれたが、平成の大合併(2005年)でも要望が通らず「ケ」にされた。それに激怒して抗議しまくり、浜松市が政令市となり改名の権限が県から市に移ったこともあって、2007年に改名決議が可決され、52年ぶりに本当の名前を取り戻した。
  8. 考古学ファンには三ヶ日人で有名。
  9. 2輌しか生産されなかった幻の戦車「四式中戦車チト」が猪鼻湖に沈んでいるという噂があり、実際過去に他の戦車は沈んでいたが、チトは見つからなかった。

細江

  1. ローランドの本社があり、中区にもヤマハ、河合楽器の本社があるため楽器メーカーのお膝元でもある。

引佐

  1. かわな野外活動センターがあり、浜松市内の小学校、中学校の林間学校で使われいる。
    • 町内唯一の駅は金指駅だが、南端それも極めて端っこをかすっている。
  2. 「引佐」と言う地名は、浜名湖北東部の枝湾「引佐細江」に由来するが、引佐町は引佐細江に面していない。
  3. 竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)という鍾乳洞がある。
    • とにかくB級スポット臭がすごい。
      • 昭和っぽい自販機、動物(コウモリ)の飼育施設、東京五輪や大河ドラマへの便乗などいかにもベタな観光地らしい要素で満ちあふれている。
      • 温泉施設、ご当地萌えキャラ、移設された古民家などもあればなお雰囲気が出たと思う。
    • 鍾乳洞自体も見ごたえがあるが水滴が落ちてくる部分が多いため注意。
      • 最大の見どころは洞窟内にある落差30mの滝。
    • 観光開発の際に元の状態と比べて大幅に拡幅されている。
  4. 新城市の旧・鳳来町域と隣接している。
  5. 金指にある国民宿舎は立地や雰囲気から温泉を使っていそうな感じがするが、実際はただの水道水を沸かしているだけだったりする。ただ15kmくらい先に見える浜松市街の夜景は美しい。

井伊谷

  1. 彦根藩主の家柄である井伊家縁の地。
    • 藤原北家出身の井伊共保がこの地で井伊家の開祖となった。
  2. 2017年、大河ドラマ「おんな城主直虎」で一躍話題の地となった。因みに直虎様は、この地では井伊直政らとともに事実上、神格化されている。
  3. 彦根佐和山山麓にある龍潭寺は彦根藩主井伊家の菩提寺として有名だが、その龍潭寺は言ってみれば、ここ井伊谷にある龍潭寺の暖簾分け。
    龍潭寺庭園
    • 小堀遠州作庭の裏庭が良いと評判。今も雰囲気はすこぶる良い。(2019年年始)
    • あの直虎様が尼僧になったのは、このお寺。この地で井伊家は代々、龍潭寺と持ちつ持たれつの関係だったことが伺える。
  4. 今でこそ、金指のほうが栄えているが、1954年の引佐町設立時は井伊谷村が金指町を吸収合併の上、改称するという形をとるなど、このエリアでは今でも井伊谷のほうが街としての格が高い。(2019年年始)
  5. 龍潭寺の裏にある井伊谷宮もなかなか良い感じの神社である。
    • 井伊家が南朝方だったことから、後醍醐天皇の息子である宗良親王が、ここを拠点としていたらしく、明治維新の頃に、朝廷への忠誠アピールをしたかった井伊家の当時の当主が願い出て創建された神社だったりする。
      • そういう意味では、さして長い歴史があるわけでもないが、昔は官幣中社に列せられるなど、それなりに優遇されていた。

奥山

  1. 奥山半僧坊で有名。
    • 今でこそ引佐エリアで有名なお寺というと井伊谷の龍潭寺だが、かつては奥山半僧坊こと方広寺の方が有名であった。
    • そりゃまあ、方広寺は臨済宗方広寺派の大本山だし、当然といえば当然。
  2. カナメ神宮とかいう胡散臭いけど桃の花が美しい神社がある。場所は奥山の中心部から奥山高原へ向かう道の途中。
  3. ここまで遠鉄の鉄道路線があったとは今となっては信じられない。

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