柳川市

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柳川市の噂

船で観光できます。
  1. 北原白秋の出身地。
    • 現在北原白秋を神様のごとく奉っているけれど・・・白秋は故郷柳川がそんなに好きでは無かったらしい。
      • 寝相が悪くて良く腹を出して寝て風邪を引いたらしい。・・・北腹ハクション・・・失礼しました。
  2. 国鉄佐賀線が廃止してから市内に駅がなかったが、最近合併して駅ができた。
    • 西鉄柳川駅は旧三橋町にあった。
    • 旧国鉄佐賀線の筑後柳河駅も旧三橋町。
    • というか、旧柳川市にも駅はもともとありました(西鉄天神大牟田線蒲池駅)。
      • 西鉄天神大牟田線の車両基地がある。朝は柳川駅始発電車が多い。
    • 合併の関係で「柳川市三橋町柳河」という奇妙な地名が出現した。
  3. とっても気さくな立花のお殿様がいる。(旅館「御花」の社長)
  4. 合唱ファンの聖地、筑後川の河口がある。
    • ちくごーがわ、ちくごーがわ・・・未だに筑後川と聞くとあの歌を思い出す。
    • 柳川と合唱曲といえば、『柳河風俗詩』も。
  5. 「御花」の鰻の蒸篭蒸しはあまりにも美味で、普通のうな重が食べられなくなるほど。
    • うなぎのせいろ蒸しは、御花に限らず美味しいですよ。「若松屋」「本吉屋」が有名どころ。「川よし」は甘くないせいろ蒸し。
    • 明治の洋館と、庭園。御花は資料館併設。
  6. お堀を船で巡ることができる。しかも途中でお客さんが竿差し体験をしたり、記念撮影してもらったりしてもらえる。
    • 何年か前に乗ったけど、なかなかヨカッタ。ちょうど12月のアタマだからコタツ仕様の船だったし。
    • このお堀を、流れに逆らって回ると、勝負事によいらしい。
  7. 柳川高校は野球やテニスが超強い。
    • 強すぎて、地区大会のトーナメントは決勝戦までシード。しかも出場するのは2軍。
    • 言うまでもなく松岡修造の母校である。
      • 中退ではあるが…。
    • 阪神の真弓明信も。
    • ↑が(クラウンライター・ライオンズから)阪神に来るキッカケになった昭和53年末のトレードの時に、ここの市民が阪神に対する抗議デモを実行したとか?
      • その年に、その真弓明信と他に若菜嘉晴・立花義家との計3人とで「クラウン柳高トリオ」と言われていた。
      • 上のトレードのために次の年の西武ライオンズでは、その3人のうち、立花選手がたった一人で田淵幸一選手とチームメイトに、ということに…(涙)。
      • つまりデモ行進の看板は「義家君を一人ぼっちにさせないで」という内容(苦笑)。
  8. なぜか柳川生まれの芸能人は遠方育ちが多い。
  9. 藩の名にもなったが、藩の場合は「柳河」とも表記する。
    • 昔は自治体名としても「柳河」と表記していた。
    • 「柳河」の表記は三橋町に残っている。バスに乗っていると、「柳川上町」から突然「柳河保加町」になる。
    • 廃止された国鉄佐賀線の駅は「筑後柳河」で、西鉄柳河駅もかつては「西鉄柳河」と表記した。
  10. 柳川鍋は、実は柳川とは縁も所縁もない料理。
  11. 関が原の戦い後、田中吉政が32万石で入ってきたが、田中氏は途中で改易となり立花宗茂が再び10万石で戻ってきた。
    • 田中吉政の菩提寺が柳川市内にある。お墓は何故か本堂の床下にあるので地下道をくぐって入る羽目になる。
  12. 「柳川城が火事で燃えなかったら・・・」と一度は思ってみる。
    • そして柳川城の跡地は競り落とされ、一時期は牧場と畑だったが山門郡が買収し相談の結果、御花近くにあった現:柳川高校が建設された
      • 北原白秋さえも柳川城跡地の再興案をつくった。
    • 立派な天守閣が写っている古写真も残っているのにね。
      • 天守台が無残。復元するのは大変そう。
        • 中学校の校庭の片隅にちょっとだけ台になっている。ソフトボールが転がってた。
  13. 福岡市の衛星都市に名を連ねることがあるが、ちょいきつくないか?
    • 確かに…でも柳川駅で下りの特急から降りてくる人数を見ると納得できる
      • 柳川駅前は福岡市の郊外、ベットタウンの様相。城下町の雰囲気とは大きく異なる。
    • 西鉄で南下してきた場合、柳川までは5%通勤通学圏に含まれる。なのでギリ衛星都市といえなくもない。
      • ただし、通勤通学先としては対福岡より対久留米の方が多い。まあ久留米も見ようによっては福岡の衛星都市といえなくもないし。
  14. 田中吉政公が江戸初期に作った慶長本土居は柳川市内では沖端から中島まで通っている
    • 痕跡はほとんどないが多くは道路になっている
    • この本土居跡の内陸側では地下水は真水で、海側は塩水
      • ・・・と聞いたけど、ほんとかな?
  15. 魚屋の店先によく「ミドリシャミセンガイ」というめずらしい貝(厳密には違う)が売られている。
  16. 何と言っても水郷。水路だらけ。上記にもある船での観光も(ウナギも?)水郷ならでは、か。
    • 川下りの船頭さん曰く、個人がカヌーなどモーター無しの船で川下りを楽しむのは大丈夫とのこと。
  17. 北原白秋生家の資料館へ入館すると、その半券で近くにある旧戸島家住宅(武家屋敷)にもただで入れる。が、先に戸島家へ行くと白秋の方で割引はない。損したやんけ!
  18. 川下りと言っても川ではなく柳川城の城堀である
  19. 琴奨菊・坂井聖人が立て続けに快挙を成し遂げた2016年は、柳川の年と言っても過言ではないだろう。
    • ちなみに柳川藩主・立花宗茂公も実績と人柄を評価され、全国の歴史マニアの間で年々人気が上昇している。柳川は大変強運に恵まれた市のようで羨ましい。 by久留米市民

蒲池

  1. 歴史上、柳川で最初に人が生活しだしたという。
  2. 柳川中心部より歴史が深いと言えよう。
  3. 蒲池氏が活躍したが、江戸時代には柳川藩領に呑まれてしまった。
  4. 松田聖子の先祖もここ。
  5. 柳川に於ける考古学の聖地とも言える。
  6. 市名になってもおかしくない。

三橋

  1. 三橋町時代から柳川の玄関口と言われる。
    • 柳川の玄関というよりむしろ柳川の中心(駅界隈)
      • 柳川商店街より下百町付近のほうが立派。同じ通りなのに・・・
        • 割と大きな店舗などは、208号線という道路の通りに集中している。それらが軒並み合併前の三橋町の所轄だった為、実は合併前までは観光都市柳川よりも収入が高かったという。西鉄柳川駅も旧三橋町にあったし。
  2. 三橋は昔から柳川と一心同体。
    • 下水道も柳川と一体
  3. 柳川警察署は三橋にある。

大和

  1. 漁業が盛んだ。
    • ちょっと前まで(今も?)ワケンシンノス(イソギンチャク)が味噌汁にでも入っていた
  2. やまと競艇学校がある。
    • 国内唯一の競艇学校
  3. 柳川市に合併されたが、みやま(瀬高・高田)よりの印象がある
    • 旧大和町に柳川市を名乗られるのは超違和感。
  4. とにかく山がない(柳川市全体かな?)
    • 見渡す限り平地で、坂道は橋付近か堤防にしかない
  5. 相撲で有名な「雲龍型」の創造主の雲龍久吉の出身地である
    • でも雲龍さんが作ったのは「不知火型」
  6. なんとなく交通が整い始めよる
    • 田舎の割には西鉄駅が3つある(徳益・塩塚・中島)
      • でもバス通ってない!
        • そしてエレベーター・エスカレーターもない!
    • 国道208号線が大和町に入った途端、いきなり狭くなる
    • 矢部川大橋ができ、有明海沿岸道路(工事中)ができつつある
      • 古○誠さんの力で
  7. ほっともっととほか弁が隣り合って建っている場所がある
  8. 柳川市内で唯一大和町だけが光回線が通じていないのはなぜ!?
  9. 朝市が盛んな中島では、おじちゃんやおばちゃん達が話してる言葉は福岡弁か?と思ってしまう
    • いや、もはや日本語ですらない
      • 言葉の壁がある(話者体験談)
      • 瀬高、高田とはほとんど言葉は変わらないが、大牟田弁とは全く違うらしい
        • なんか旧柳川市内とでも差異を感じる・・・

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