国鉄103系電車

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103系の噂

今は亡き武蔵野線の103系
京都鉄道博物館に保存されたクハ103-1
  1. 国鉄の電車で一番多く作られた。
    • 国鉄どころが、日本の鉄道車両史上最多製造車両である。3000両以上が製造された。
      • 製造されたのは3,447両。他形式からの編入を含めると3,503両にもなる。ちなみに2番目に多く作られたのは0系で3,216両。
        • あくまでも電車の内では1位だが、鉄道車両全般ならコキ100系が上。6000両を超えるぞ。
      • のくせしてローレル賞では次点に...。
        • 因みにこの時ローレル賞の栄冠に輝いたのは山陽3000系だった。実際の得票数では103系の方が多かったが僅差だったため、山陽電鉄が中小私鉄でハンディがあることも考慮して選考委員会が決定したらしい。
      • 貨車にはもっと多く製造された車両がたくさんあるはずだが。
    • 実は全車そろった時期がまったくない。
      • 0系も同じ。廃車する旧車の代替が同形式だった時代だし。
        • そんなことはない。1984年から数年間全ての車両が現存していた。
          • 0系と事情が違うのは確かだが、事故廃車の代替で製造された車両があるので全車揃ったことがないのは確か。
            • 大久保での事故がげいいんだっけ?
              • 根岸線洋光台で土砂崩れに突っ込んで廃車になったクハ103-548、モハ102-169のせい。これの事実上の代替車がクハ103-188とモハ102-445。
                • もっともこの事故がなくても全車が同時に揃うことはなかった(一部車両が105系化されたのが1984年、3000番台が登場したのが1985年のため)。
    • 3000両の大所帯にも関わらず、国鉄時代で廃車されたのは2両(いずれも事故廃車)だけだった。
      • クハ103-548、モハ102-169の2両だけであったが、国鉄時代で廃車レベルであったのがあるもののいずれも運用に復帰していた。
        • クハ103-111、クハ103-544:1972年の日暮里駅構内追突事故の該当車輌、奇しくもこの2両は後に転属し大阪環状線で運用された。
        • クハ103-4:1976年に浦和電車区付近でクレーン車のアームに接触し前面が大破したが、1977年には運用復帰した。
        • クハ103-353:ATC高運車、1981年に横浜線の小机~鴨居間で台風による大雨で土砂に乗り上げて横転した車両、クハ103-353はATC車でもあり翌年運用に復帰し、首都圏に103系が撤退する直前の2005年まで運用されていた。
  2. 2008年現在でも仙台から福岡まで各地で見ることが出来る。
    • 北は仙台、南は福岡。でも首都圏地区はもうない。
      • その仙石線からも引退し、西日本地域限定に。
  3. 爆音が激しい。
    • SUPER BELL"Zの「MOTER MAN」で武蔵野線の走行音がネタにされた。
    • 103系を置き換えた走るんですの車両も、103系と同じぐらい、いやそれ以上に揺れるし爆音を撒き散らして走る。
    • 結局電車はうるさくて揺れるものじゃん。
    • むしろ、京葉線や武蔵野線で走っていた低音モーターが快音に感じてしまったくらい。
    • 201系や205系と同様にガーガー唸るタイプを搭載したのもある。
    • 大和路線の快速運用でも爆音を撒き散らす。(今でも現役だろうか…)
  4. バネが空気バネではないのでよく揺れる。
  5. JR西日本には新車並みの更新工事を受けた車両も多い。
    • JR東日本みたいに寿命を短くしてリサイクルに特化した電車よりJR西日本みたいに(財政難かどうか知らないが)古い電車を改装工事して長く使うほうが環境に良さそうだと思う。
      • 回生ブレーキを積んだ車両のほうがいいと思う、重いほうが電気喰うから軽い電車のほうが効率はいい。
        • 回生ブレーキ化は界磁添加励磁制御に改造する手があるのだが、どういうわけかJRはどこもこれを嫌う。
      • 束は「まだ使えるけど、エコ替え!」なんだよ。
        • つまりメーカーの口車に乗ってるわけか。
        • そもそもペットボトルだってリサイクルのために分別しないほうが処理コストは安い
        • 東と西で車両に対する考え方が違っているだけだから、どっちかが誤りだと断定するのは間違い。
          • JRだけではなく私鉄も西の方が車両の寿命は長いように思う。
          • どっちかが正義、どっちかが絶対悪じゃないとすまないのがこの趣味の悪い癖。脱束ってのもいるしな。
        • その体質改善車も2020年前後にはほぼ全廃されそうな様子。ただ加古川と播但の103系は種車のほとんどが昭和50年代製造の世代であり、置き換えに適した車両もないのでもう暫く生き残るだろう。
    • 体質改善車は最初こそ最新の207系とほとんど同じ内装とされたが、だんだん手抜きされるようになった。
      • 特に片持ち式シートは最初に施工された試作改造車のみ。天井の冷風吹き出し口もラインフロー式なのも少数の初期の改造車のみに終わった。
      • 後で施工された車両は冷風吹き出し口こそ昔のままだが、扇風機が天井に埋め込まれ、ファンデリアのようになっている。
  6. 101系や73系から改造された車両がいた。
    • ハコが103、アシ回りが73というのがあった。
      • 仙石線で走っていた72系更新車。その後走行機器も103系にして晴れて103系として川越線で走った。
        • しかし改造当初は3両編成で、サハ103に改造された他のモハ72と生き別れ。八高線電化時にまた揃う。
      • 鶴見線にも同じような車両が走っていたらしいが、仙石線の更新車と違って103系にならずに廃車になった。
        • 廃車となった時点では103系がまだ製造している時代だった。
    • 101系からの改造車は高さが異なっていたので外から見てもすぐにわかった。特に先頭車は顔がそのままなので異彩を放っていた。
      • 中間車は冷房改造された(101系時代に改造されていた車両もある)車両もあるが、先頭車は非冷房のまま廃車となった。
  7. 105系に改造されたモノもある。
    • 駅間が短い飯田線では、ギア比が元のままなどの違いがあり119系と命名された。
    • いや105系もギア比はそのままだけど・・・ってか違いと言ったら抑速ブレーキの有無だろ。
      • 119系は113系などと同じセミクロスシート、105系はオールロングシートという違いがある。
      • 更に言うと119系は全部新造車。
    • 国鉄時代には2両化に伴い1M方式の105系に改造されたが、民営化後のJR西日本になってから2両化されたものはM-M'ユニット方式の103系のまま。
      • 実際のところ、1M方式への改造はコストが大きかったそうで。
  8. 青函トンネルを越えて北海道に渡った車両がいる。
    • 衝突実験で渡ったらしい。
  9. 四国には未だ姿を現していない。
    • 廃車された103系のモーターと台車を使った121系が走っている。
      • こちらも走行機器や台車を一新して7200系になりつつある。
  10. 103系、もしくは同期で似たような設計思想の8000系の残存率が高いということで、アンチJR西日本やアンチ東武の攻撃材料になるが、彼らはJR会社別の103系残存率ナンバーワンはブッチギリでJR九州(100%)だという事実をすっかり忘れている。
    • JR九州の103系は性能こそ103系だが、後の部分は201系に近い。
      時期的には203系を筑肥線向けにも造ればよかったような気がするが、国鉄の財政事情(あと「東京ジャイアニズム」も絡んでいるのか?)のせいなのか、そうは行かなかったようだ。
      • 国鉄線内はほとんど単線なので回生制動が役に立たないというのが本当の理由だったらしい。
      • 地下鉄の電車は国鉄協力で201系に近い設計になったのにね・・・
      • せめて空気バネ台車にしておけばそこまで評判は悪くなかったのに…と思う。
    • JR東日本にも在籍していたころからアンチ103系がいた。古い上モーターからの騒音や揺れが激しかったこと等から。
      • 103系の大嫌いな鉄道ファンは早く新車か205系に置き換えてくれという。さらに、西日本や九州のは205系や211系のいる線区に新車を導入して、その2系列を譲渡させて103系を全廃にさせてくれという。彼らは輸送するのにどれだけ金がかかるかわかっていない。
      • 川島令三という評論家も乗り心地が悪いせいか、早く捨てて103系という記事を意地でも述べるくらい嫌っている。
      • アンチ103の代表格は曽根悟だろう。ピクトリアルでことあるごとに批評記事が載っていた。
    • そんな九州の103も縮小傾向に。
    • 今では環境省からも批判材料にされてしまったという大きな悲劇。
  11. 「電車男」のドラマのOPに登場する。
  12. あの会社なら、N50改造をマジでやりそうだな。(制御装置のIGBT素子VVVFインバーター化、方向幕のLED化、内装の大幅改造等・・・・)
    • 今更遅いよ。
    • さすがのJR西日本も新車置き換えに舵を切ったんだな…。
  13. この形式のデビューを記念して、山手線の電車が黄緑色になった。
  14. JR西日本には民営化直後に先頭車化された車両が存在するが、すでに高運転台仕様が出ていたのに新設された運転台はなぜか低運転台仕様である。
  15. 今でも熱烈な103系ファンがいる。
    • 特に東日本地域に多い。2006年に全廃した後は大阪や広島に引っ越すのが彼らの将来の夢らしい。
  16. かれこれ半世紀以上しぶとく生き残ってきたがそろそろ大団円でお別れ…と思えないのが怖い。もしかしたら9620形蒸気機関車みたいな事になるかもしれない…
    いよいよ引退が近づいてきた
    • これまではごくありふれた車両で走っていて当たり前、といった雰囲気だったからだろう。
      • 2016年、ついに環状線と阪和線に新車が投入 各線区の201系と205系が玉突きで奈良に転属すると推測されるため、一気に関西圏から絶滅もあり得るかも。
        • 205系の転属のスピードが上がり、103系の聖地の全滅が近づいてきた。乗りたければ今のうちに。
  17. 最後まで103系が残るのは和田岬線か加古川線か播但線になるだろう。
  18. 実は「サハ102」が存在していた。
    • 片町線の長尾~木津間が電化される際松井山手駅で分割・併合を行う編成を作ったのだがその際サハ103を方向転換したため。
      • クモハ103と向かい合っていたがそこは貫通路が鉄板で塞がれていた。そのクモハ103も大半が中間車からの先頭車化改造車。
        • その車両は編成替えで通常の中間車に変わったが車両の方向は元に戻されずサハ102のままだった。
  19. 実は関西では高運転台仕様の先頭車は少数派だった。
    • 1970年代に大阪環状線に多く103系が投入されたが、山手線や京浜東北線のATC化と絡んで新車の先頭車をこちらに投入し、そこで余った低運転台車を環状線に回したため。
      • そのため中間車は新しいが先頭車が古い、という編成がかなりあった。
    • 逆に、1971~73年に製造された登場時からシルドビーム+低運+ユニット窓の中期形先頭車は関西では多数で関東では少数派であった。
      • 1973年製の中期形先頭車は山手線や中央快速線に投入されたものの、前述のATC化で大半が関西へとばされてしまった。ちなみに、その車両は2017年現在でも奈良線で現役。山手線と一緒のウグイス色である。
  20. 九州の方には、従来の103系とは似ても似つかない1500番台がいる。
    • 103系といいつつ、車体構造は201系を基にしている。
      • 戸袋窓がないのは、203系からの影響か。
    • 投入当時は既に203系が存在していたが、駅間距離が長くて列車密度が低い路線に、電機子チョッパ制御車を入れても省エネ効果があんまりないと判断されて、抵抗制御車のこの車両が投入された経緯がある。
    • 製造コストをケチるため、電動発電機は、急行形電車の廃車発生品を再利用。
  21. 民営化直後の1987年4月11~12日の2日間限定で、首都圏各線の車両を集めて、5色混合編成にした「おもしろ電車」が山手線を走った。
    • 100編成と200編成の10連2本が登場したが、色のパターンはそれぞれ違っていた。
      • どちらの編成も、エメナルド色に1000番台のモハユニットが組み込まれ、黄緑のサハ1両のみが非冷房・方向幕無しの車両だった。
    • 走行から30年経って、トミックスからまさかのNゲージ化(100編成がモデル)。

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