上杉謙信

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上杉謙信の噂

  1. 女性説がある。
    • 信憑性は極薄。
    • 生前に描かれた可能性もある最も古い肖像画だと、顎がガッシリした、いかにも戦国武将らしく描かれている。
      • 某大河ドラマでは陰陽師みたいになってた。
  2. Gakuto
  3. 越後の竜
    • 越後の虎ともいう。
  4. 自分が毘沙門天の化身だと思い込んでたらしい。
    • 旗に書かれた文字は「毘」の一文字。
    • 飯綱信仰にも凝っていて、兜の前立てが残っている。
    • 三宝荒神を模った兜もある。戦国時代の変わり兜を代表する名品。
  5. 大酒のみ。肴をほとんど食べず飲むタイプだったらしい。
    • 酒の肴は塩。それで脳溢血を起こし、便所で倒れたらしい。酒席の相手は専ら直江兼続だったらしい。
    • 梅干も好きだった。どっちにしろ塩分採り過ぎ。
    • 辞世の句も酒。
    • にぎやかな宴会酒より、縁側にひとり座って月下独酌を好んだ。渋いけど、一人酒って酒量が上がるよね。
    • 宴会のときは家臣に注いでやるのを好んだ。弱いと大変だったろうなあ。
  6. 軍事の天才だったのは間違いないのだが、天才すぎて作戦構想を家臣に説明することができず、「黙って俺についてこい」というスタイルを貫き通した。
    • とはいえ、戦えば勝つしカリスマもあるので、家臣も「しょうがねえなあ(苦笑)」とか言いながら最後までついていくことになる。
      • けっこう家臣に裏切りが多くて、いじけて出奔したこともある。
        • 自分の必要性を分からせるための計算だったとも言われる。
  7. 女性説というか、オカンの香りがする逸話が残っている。
    • 甥の景勝宛に「雪が深くなる前に春日山に戻っておいで」「こっちは寒いからちゃんと身支度をして来るんですよ。途中まで迎えを出します」という手紙が。
    • 戦場で腹痛を起こして城に戻ったのに、城では人質の幼児をおぶってあやしていた。
    • 女性というより、性同一性障害だったのでは?
    • 遠征先に届いた甥の喜平次くん(当時8才)の手紙に大喜び。返事と一緒に手作りの習字お手本帳を送る。
      • このお手本帳、現在も残っている。丁寧に書いてあるため、古文書読解のテキストとして使えるレベル。
  8. 後継者候補の養子を二人も取っておいてはっきり指名せずに急死。そのため家中を二分する戦が勃発し北条や武田も巻き込み関東甲信越のパワーバランスを大きく乱す。
    • 最近の学説では、景虎に関東管領を、景勝には越後守護職を、それぞれ譲ろうとしたという見方が強い。
      • ただこれが実現すると、景虎が北条氏の出身故に実質北条に関東を譲る形になってしまう。何度も関東へ遠征した重臣たちからすると認めがたい事態で、景勝が勝ったのもその点にあるのだろう。
  9. ゲームとかでは「戦闘バカ」的な数値なことが多いが、意外に政治力もあった。
    • 何かと出費の多い当時で、財政を黒字に転換させてみせたことは、もっと評価されてもいい。
      • 彼が死去したとき、春日山城内には2万5千貫もの大金が遺されていた。
    • 主な収入源は日本海ルートの交易、越後上布と呼ばれた麻布、そして戦で得た捕虜の身代金。
  10. 米沢では現在でも神様あつかい。近代になって遺骸の学術調査の依頼があったが、米沢市も上杉家も即座に断ったという。
    • 謙信公の遺骸は漆で固めて鎧を着せ、瓶に収めているため、身体が残っている可能性が高いそうな。
      • まー大した事は分からんだろうからねぇ。
        • 女性説の真偽はわかるだろうがねぇ。
  11. 所謂「敵に塩を送る」はガセネタだったらしい。
  12. 信長とは一向一揆に対抗する時だけ手を結んでいた。

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